江戸から残る生活に欠かせない水路を巡る

江戸市中へ飲料水を給水していた、江戸の六上水の一つが玉川上水です。





一部は現在でも、現役として活用されていますね。





『1653年2月10日(承応2年1月13日) - 江戸幕府が町人建議による水路(のちの玉川上水)の着工を許可』









教科書にも載っている、玉川上水。





江戸老中で川越藩主だった松平信綱。


水道奉行に伊奈忠治(没後は忠克)が就き、庄右衛門・清右衛門兄弟(玉川兄弟)が着工しました。





1722年以降の新田開発によって多くの分水(用水路)が開削されて武蔵野の農地へも水を供給し始めました。










江戸時代から現存する建造物ですので、羽村取水口から四谷大木戸までの水路敷のうち開渠部分の約30.4キロメートルが、2003年8月に国の史跡に指定されました。


今でも、この玉川上水を巡るハイキングやウォーキングをする人はたくさんいますね。




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